ごく平凡な家庭に生まれて、ごく平凡な生活をしてきたつもりでいたけど。
何だかそれが当たり前すぎて、退屈に感じてた。
そんな時期もあったなぁ・・・なんて今は笑って話せること。
 


 
『幸せと不幸』 
 
 


テレビでは、今日も幸せな一日でありますように・・・だなんて作り笑顔を作ったキャスターが言っている。
幸せ・・・辞書で調べれば幸福と出た。その場が楽しいという事、満ち足りているという事。
少しパーマがかった自慢の髪を、くるくると指にまきながら『佐倉美青』はその意味を考えていた。
「「ただいまー!!」」
どたばたと慌しい足音を鳴らして、2人の男の子がリビングに飛び込んできた。
彼らの名前は『麗黄
(れいき)』『桃愛(とうま)』。一卵性双生児なため顔がまったくそっくりな佐倉美青の弟達である。
考え事をしていた美青だったが、この子達が帰ってくればそんな余裕はなくなってしまう。
足音同様、慌しく背負っていたランドセルをソファーに放り投げ冷蔵庫に入ってあるジュースに飛びつく。
「先に手、洗うの!」
美青がそう言うと、弟達がグチグチ何かを言いながらもまたドタバタと洗面所へと走っていった。
弟達が取り出したジュースを取り上げ、買い物に出かけた母の変わりにランドセル等を片付ける。
適当に脱ぎ捨てられた靴を並べ、どうやったらそんな高い所に行くのかわからない上着を取り、部屋へと運んだ。
これが・・・幸せなのだろうか。毎日変わりなく来る日を過ごしていれば・・・それは幸せなのだろうか。
 
 
 
 
 
 
しばらくして、母が買い物から帰ってきた。手には今日安売りしていたお一人様2パック限りの苺が入った袋を下げていた。
「これ、美青ちゃんが好きでしょ?」
そう、大好きな苺。一口食べるだけで甘くってとろけてしまう。これは重症部類に入るだろう。
今すぐ食べたかった。しかし、これはあくまでもデザート。ご飯の後に食べようと冷蔵庫に直して、急々と夕食の準備を初めた母の手伝いをする。
今日のご飯はお芋の煮物とサラダと鰤の蒸し焼きらしい。台の上に材料がずらりと並べられた。
本日安売り!!と書かれた鰤に美青が目をやると母は小さく笑って、つい手が出ちゃったのと言った。
美青は適当に相槌を打って、自分が出来る作業を開始した。まず野菜の皮むきから。
そんな二人の後ろでは弟達がテレビゲームに没頭していた。今流行のゲームらしい。題名は・・・ここからじゃよく見えないが、たぶん格闘ゲームだろうと思う。
そして、何かする度にやれ!だのそこだ!だの二人で楽しそうに遊んでいるのだ。
負ければ本当に悔しそうに項垂れ、勝てばガッツポーズをして飛び回った。
何がそんなに楽しいのか美青には分からなかったが、きっと今の二人は幸せの部類に入るんだろうと思った。
とても楽しそうだから。でもそれだけで幸せなのかな・・・。
自分の考えがまとまる前に仕事から父が帰ってきた。丁度ご飯も出来上がったので皆で食べる事にした。
これはずっと前からの決まり事。両親が結婚する時に決めた事なんだそうだ。
皆で一緒に楽しく会話をしながらご飯を食べる。これが夢で、今はそれが叶ってとても幸せなのだという。
「あ、これ俺の!!」
「へへん、早いもん勝ちだね!いっただきまーす」
「こら桃愛!!人のおかず取らないの!」
ずっと聞こえる笑い声。絶える事のない声達。聞いていて悪いものではない。
両親も幸せなんだ。それはとても喜ばしい事。幸せってこんなに小さいものなのかな・・・。
 
 
 
 
 
 
車の乱暴に走り回る音が耳に入る。そういえば、窓を開けっぱなしにしていたという事を思い出した。
ゆっくりと窓を閉め、今日出された宿題をするために自分の机につく。
しかし、頭に出てくるのは算数の問題ではなく、ある言葉だけ。

 
 
『幸せ』
 
 

以前、学校の教師に聞いた事があった。
授業で自分達は幸せなんだと教えられた時、何が幸せなのかと。もちろん授業が終わってからだが。
そしたら教師は、まるで当たり前かのように腕組をして答えた。
「家族もいて、住み家があって、ごはんがあって、勉強も出来て、服もたくさんある・・・これのどこが不幸せなんだ?」
上から向けられた目線。何馬鹿な事言っているんだと不思議そうに見る目。
それはわかっていた・・・美青が知りたいのは、そんな事ではない。
もし本当にそれが幸せなのならば、ここにいる人達全員が幸せという事になる。
だけれど、よく美青の同級生も『自分は不幸だ』と嘆いている。
もし教師の言う通りだとしたら、何故この子は不幸だと思えるのか。それが知りたかった。
美青自身も、自分が幸せなんだと思えなかった。何もなく、ただ毎日が過ぎていく。
同じ事を何度も何度も繰り返して、果たしてそれは幸せなのだろうか。
朝起きてご飯を食べて、弟達と一緒に学校へ行って勉強をして、家に帰ってまた弟達の世話をして、母の食事の手伝いをして、出された宿題を片付けて寝る。
幸せ・・・確かにそうかもしれない。だけど、何も感じないのだ。何も。

  
気がつけば、夜の10時を回っていた。急いで宿題を片付けて、明日の学校の用意をする。
算数・国語・理科・体育・・・毎週決まった時間割。もういちいち確認しなくっても覚えてしまった。
「さっさと寝よ・・・」
また始まる同じ事を、これが幸せなのかと疑いながら美青は眠りついた。
 
 


 
同じ朝、鳥達がお互いに挨拶を交わすように鳴いている。
隣の家で決まった時間になる時計が今日も大きな音で鳴り響いている。うん、いつもと同じ時間だ。
ゆっくりと体を起こし、アイロンがかった制服を手に取って少しだけ眺めてみた。うん、変わりない。
ふとこんな事をしていても時間の無駄だと気付いた美青は、自分が何に期待しているんだろうと小さく笑い、さっさと制服を着替えた。何度も通して袖が少し窮屈に感じた。
「おはよう・・・」
「美青ちゃん、おはよう」
母はいつもと同じエプロンを身につけ、さっきまでいたのだろう父の朝食に使われた食器を片付けていた。
この匂いは、アップルジャム。この前ストロベリージャムが売り切れで、アップルにしたと言っていたから、たぶんその時のだろう。
「皆さん、おはようございます
!!今日も元気に行きましょう」
テレビで、朝からどうしたらこんなにも元気になれるのだろうと思える程笑顔満載なアナウンサーが映っていた。
まだしっかりと起きていない自分の頭で、テキパキと話すアナウンサーの言葉に耳を傾ける。
今日は、海外の方で大きな事件が発生してたくさんの人が被害にあったらしい。
画面には、泣きながら自分の両親を探す小さな子供が映った。凄く痛々しい光景だった。
今回こんな騒動を起こした犯人は、20歳の男性だった。名前も写真も出ず、ただ歳だけ。
犯行理由は『自分だけ不幸なのは許せなかった』という事らしい。
その後、この犯人についての過去が語られた。生まれた時から今までのものをずっと。
犯人は3人兄弟の長男で、両親にも恵まれ、一般的に言う幸せ家庭だったらしい。
お金に困る事もなく、ただ時が流れるまま何の不自由もなく生きてきた・・・そうアナウンサーは話す。
「これって・・・幸せなんじゃないの?」
美青はテレビに向かって、そう言った。だって教師はそれが幸せだとクラスの皆に教えていた。
そしてそれが真実なのだと、美青自身も思い込むようにしていた。自分ではそう感じなくっても。
しかし、今回犯人は自分は不幸だと言う。そして周りが幸せだと言う。これは矛盾している。
何も不自由ないならば、それはそれで幸せなのではないのか。美青の場合も、幸せになるのだろう。
「・・・気付かない事も、不幸なのよ」
今まで台所で洗い物をしていたはずの母が、美青の横に立って、悲しそうな顔を浮かべていた。
目線はテレビに向かっているけれど、何だかここにいないみたい。美青は、そんな感じがした。
「この人は、自分が今幸せだって事に気がつけなかったのよ。その幸せが、あまりにも当たり前になってしまっていたから。」
「それが・・・不幸?」
美青が母に声をかけると、母はゆっくりこちらを向いて頷いた。
「不幸ってね・・・本当にすぐ傍にあるの。幸せって事を忘れたり、それが当たり前に感じてしまったりすると、そこから不幸が始まってしまうの。この人は、そんな当たり前な人生を捨てたかったのね。見えなくなってしまった幸せを見つけたくて。それでこんな事をしてしまった・・・とても可哀想な人。」
「だったら・・・私も、不幸なの?」
その言葉に一瞬母は驚いたように目を大きくした。まさか自分の娘からそんな言葉が出るなんて予想もしていなかったから。
美青は、ゆっくりと母を見つめ話しを続けた。
「幸せって何なのか、ずっと考えてた。でも・・・見つからないの。これって不幸なんでしょ?」
母はしばらく驚いた様子でじっと動かなかったが、ゆっくりと肩をおろし一息ついた。
そしてさっきと同じように美青に目を合わせた。でも先ほどと違って、表情は柔らかかった。
「そうね・・・でも探せばいつかきっと見つかるわ。それが幸せよ」
それだけ言うと、母はまた台所に戻って弟達のお弁当を作り始めた。
弟達の好きなから揚げが2つずつ入れられ、可愛らしい熊の形をした楊枝が置かれる。
すると、その匂いを感じて降りてきたかのように、弟達が肉食動物丸出しで母の元へと走りこんでいった。
から揚げを何度も連呼し、別名『から揚げ音頭』と呼ばれる歌と踊りまで披露する始末。
そんな弟達を、笑顔で見つめる母親はとても楽しそうだった。もちろん踊っている弟達も。
これが幸せ・・・少しだけ美青はそう感じた。
 
 

 
 
しばらくして、美青は小学校を卒業し近くの中学に入学した。その中学はエスカレーター式なので、見知った顔ばかりが並んでいる。
いつもと同じ平凡な毎日。朝学校へ行って勉強をする。帰って宿題を済ませて床に就く。
小学校の時、感じていた事。これの何処が幸せなのだろうという感覚。
それが今ではなくなっていた。毎日が楽しくて、あぁこれが幸せかと感じる事が出来る。
友達との会話、弟達の世話、家の手伝い・・・全てが自分にとっての幸せなんだと。
いつかこの幸せを無くしてしまった人に・・・ううん、忘れてしまった人に教えてあげたい。
幸せはすぐ傍にあるんだと。探せば必ず見つかるのだと。そして不幸もすぐ傍にいるんだという事を。
「姉ちゃ〜ん!!桃愛がぁーー!!」
「姉ちゃん違うよ!麗黄が悪いんだ!!」
「ちょっと、桃愛も麗黄も喧嘩しない!!」
きっとこの二人は、生まれた時からその事に気がついているのかもしれない。
我が弟達ながら、凄いものだと思った。そしてそれを、常に持ち続けて欲しい。そう願う。
 
 
 
 

 
「幸せ・・・不幸と隣り合わせのもの」
「え?何、それ?」
「白も覚えておいてね、幸せって意味」
「・・・?」
大事な人に、忘れずに持っていて欲しいから。
 

 

 


 
『終』
 




後書き
子供時代・・・佐倉ちゃんバージョン!!!!
なんか暗いですね。でも何だか佐倉ちゃんってこんな事考えそうだなぁ・・・と思いまして。
本当に辞書で調べると「幸せ」→「幸福」→「幸せ」って感じになってしまって意味がわからないんです。
逆に不幸って調べると「不幸」→「不幸せ」→「不幸」と同じように・・・。
結局意味なんて曖昧で、よくわからないものなんだと思いました。はい、これは作者の意見(笑い
他にも赤也・華翠ちゃん編がありますので、読んで下されば嬉しいですvv