勝気な少年、勝気な少女と出会う。
それは赤ん坊の時からの付き合い。
今まで途切れる事なく続く共に歩く道。
 



 
『外せない繋がり』
 
 


羽下家縁側で、一人の少年がふくれっ面で寝転んでいた。頬には大きなシップが張ってある。
苛立気味に足をふらつかせ空を意味なく眺めている。風が少年の黒髪を静かに揺らしている。
少年の名前は、羽下赤也。有名なヤクザ一家、羽下家の跡取り息子である。
器量はまあまあ、運動神経抜群。頭の良さは・・・あまり口に出してはいけない程に悪い。
俗に言う『運動馬鹿』という名がつきそうなまだ幼い少年。だが本人を前にして言うなと誰が言い始めたのか、そういう決まりが出来ていた。
「痛ってぇ・・・」
大きなシップが目立つ頬が痛むのか、ゆっくりと摩り愚痴をこぼす。子供相手に手加減はなしか、と。
昨日は赤也が通う小学校のテスト返却日だった。案の定点数が最悪だったので、机の引き出しに隠すという子供らしいといえば子供らしい行動で、親達の目を避けようとしていた。
だが、その考えは浅かった。
きっちりと机の引き出し・・・といっても、机の引き出しに作られた隠し引き出しの下に隠していた。
なのに親達はそのありかを予め知っていたかの如く、あっさりと見つけてしまった。
説教は短くて1時間・・・最高で2時間34分という記録を出していた。今日は初3時間突破である。
流石に正座を3時間はきつく、赤也は限界だという目を母親に向けた。
しかし母親に向けた視線に父親が気付き『甘えるなッッ!!!』と一括殴られた。
自分の体が宙に浮いたのがわかる瞬間を、地球で味わえるなんてそうないだろう。貴重な体験だ。
この後、それはやりすぎだの何だので親同士が殴る蹴るの喧嘩を始めたため、弟分達が赤也をここまで避難させてくれた。
そして今・・・まだ収まらない喧嘩で困り果てる弟分達を尻目に、赤也自身は暇だなぁなどと考えていた。
説教をくらった後は丸一日外出禁止と決まっている。これもまた『甘えるな』との事らしい。
父親の言葉が頭によぎり、気分を悪くなったので小さく舌打ちをして寝返りを打った。
「また怒られたの?」
目に映るはずだった庭は、目の前に立った物によって見えなくなっていた。
大きな瞳に、肩まで伸ばされた黒髪。自分の親に怒られた時の避難場所だ。
「華翠・・・おっす」
菊榎華翠・・・赤也の幼馴染でお隣さん。親同士が生前から仲が良かったため、生まれた時から一緒にいた友達、というより双子の兄妹に近かった。
「痛い?痛い?」
華翠は、まだ少しヒリヒリする頬をそっと触れた。
本当は少し痛い。というか後遺症的なもので、あの時の光景が残っている。
だけど赤也は男で、女である華翠の前で正直に言えるわけもなかった。
「うん、平気」
ゆっくりと寝転ばせていた体を起こし、自分なりの精一杯の笑顔を向けた。
その笑顔に安心したのか、不安そうな顔をしていたのに安堵を浮かべてこちらも笑顔を向けた。
これもいつもの決まった事柄。この後は一緒に、広い羽下家でかくれんぼなる遊びをする。これも決まり事。
鬼は華翠、かくれるのは赤也とジャンケンで決めた。隠れる時間は30秒。
制限時間はなし。オニが降参するまでだ。
負けず嫌いな華翠は、決して降参はしない。が、赤也も負けず嫌いなため見つかりはしない。
結局の所・・・この勝負は長引き続け、時間なんてあっという間に過ぎてしまう。
そして心配になった親達が家中を捜すはめになるのだ。これもまたお決まりパターン。
今日もまたこのお決まりパターンが実行された。
今回赤也が隠れていたのは、高い木のてっぺん。咲き乱れる葉が隠してくれていた。
見つけたのは赤也父。前は赤也母だった。その前は弟分。もっと前は・・・誰だっけ?
「また見つけられなかった・・・」
「へっへ〜!俺はそう簡単に見つからないよ〜だ!!」
「次は絶対に見つけるもん!!」
こうして赤也達の一日は終わる。初めは苦痛から始まって、華翠と会ってから快感になる。
本当に赤也にとって華翠はなくてはならない存在をなっていた。妹として・・・友達として。
 


 
 
「え、ピアス?」
「そう!!一緒に開けねぇか?」
あれから少し大きくなった二人は、やはり変わらず一緒に過ごしていた。
離れる事を許されぬ、いや許されてもきっと離れられない関係。
「でもさぁ、おじちゃまに怒られるよ?」
「別に・・・構わない」
これは、小学高学年の少年がなる親への反発時期。親に従う自分を嫌う子供が多い時期だ。
しかしあの赤也父だ。きっと反抗期だとわかっていても怒鳴り散らすだろう。
やくざの割りに、結構教育熱心な羽下仁義(赤也父)は、禁止事項と称して赤也部屋に大きな紙を貼っている。
そこにはこう書かれている。

 
一、己の体を粗末に使うことなかれ
一、
人との接しを心得よ
一、
学問を怠るな
一、
食物を粗末にすることなかれ
一、
女性に手を上げることなかれ
一、
己の始末は己でつけよ

 
子供の部屋に張るような物でもない気もする。しかし子供が学ばなければいけない事ばかり。
これを守らなければ鉄拳が待っている。
たった今赤也は、一番上にかかれている禁止事項を行おうとしている。
本人もこの行為は当てはまるという事をもちろんわかっている。しかし、これだけはしておきたかった。
「あたしはやらない。おじちゃまに怒られたくないからね」
背中に背負ったランドセルが華翠が何か口にする度に小さく揺れる。
そう、まだ小学生である。きっと大人だとピアスなどまだ早いと誰もが叱るであろう時期。
「あっそ、じゃぁいい。俺一人でやる」
そう言うや否や、カチッと左耳を簡単に開けてしまった。赤い髪に目立つスカイブルーのピアスが太陽の光で輝いている。
その行動に目を丸くして、何も言えずにいた華翠が我を取り戻して大声で怒鳴った。
「ちょ、ちょっと馬鹿!!!何やってんのさぁ?!」
「ピアス開けた」
「見ればわかるよ!!何でそんな事するのって聞いてんの!!」
これで先生にでも見つかれば親呼び出し。飛ぶが如く親達は現れて怒鳴り散らすだろう。
そんな場面を何度も見た事がある。
赤也がからかわれた事に怒ってしまった時とか、華翠を苛めてる相手を殴ってしまった時とか。
よく覚えているのが、今の赤也のトレードマークの赤髪事件。
何を思ったのか、赤也は今日みたいにいきなり髪を染めようって言い出した。
同じように華翠が嫌だと断ると、次の日には真っ赤に染まっていた。そして頬ももちろん赤かった。
笑顔で似合うだろ?と聞いてきた時も呆気にとられて何も言えなかった。
急な行動は華翠にはよくわからなかった。別に何も変わった様子もなかったのに。突然の事ばかり。
「別に・・・かっこいいじゃん」
そう言って満足そうに、鼻歌なんか歌いだした。
何だか腹が立ってきた。自分ばかり置いてけぼりになったみたいな気分になった。
ふと、足元を見ると先程赤也が華翠に差し出してきた物が放置されていた。
自棄気味になって、荒々しくそれを取ると左耳に当てて強く握った。恐くって思わず目を瞑る。
「え・・・おい馬鹿!!何やって」
「痛ったぁ・・・!」
華翠の左耳には赤也と同じようなブルーのピアスが光っていた。
この行動に焦ったのか、赤也は言葉を失った。まさか華翠が開けるなんて思ってもいなかったから。
一緒に開けようなんて誘ったのも嘘。本当は自分だけ開けるつもりだったのに・・・。
「これで一緒・・・」
「・・・は?」
「これであたしも、かっこいいでしょ?」
涙目で言われても何の説得力もなく、意味もわからなかった。
先程まで嫌がっていたのに・・・だけどこれだと自分が開けた意味がなくなってしまう。
この前、何気なく華翠が言った言葉・・・赤也は聞き逃さなかった。そして今日それを実行してみせた。

 
「このピアス・・・赤也に似合いそう」

 
あの時の笑顔を忘れない。何かを思い描くようにゆっくりと微笑んだあの顔だけは。
その顔がもう一度見たくって、子供みたくやってみせた。そのためなら親なんてどうでもよかった。
この髪だってそうだ。たまたま赤いライトが髪に反射した時に、似合うって微笑んだから。
だけど、いざやってみると怒られて・・・きっと覚えてないのはわかってる。だけど、見たかったんだ。
「馬鹿じゃねぇの?怒られるぞ・・・」
「別に・・・構わないんでしょ?だったらあたしも構わない。それからあたしも・・・髪染める」
彼と同じ場所に立っていたいから。彼女に笑ってほしかったから。
二人の気持ちが交差して、絡まってほどけなくなった。この気持ちと一緒に、いつか解けるだろうか。
「ふふ・・・お揃いだね!」
「・・・そ、だな」
待ち望んだ微笑・・・心臓が高鳴るのが自分でもわかった。
知らない間に、自分も同じように微笑んでいた。
 

この後親達に怒られたのは言うまでもなく。
だけど二人は懲りた様子は見せずに説教は終わった。
 
 
 
 


「赤也の髪ってさぁ、やっぱり赤以外に考えらんないね」
「何言ってんだ急に・・・気持ち悪ぃ」
「そう思ったから言ってみただけ・・・悪い?」
「別に・・・」
これからも繋がっていくもの。いつまでも一緒に続く道を歩いていく事を思って。
今日も二人の耳には繋がりが光り続けている。
絡まった物も・・・解け始めたかもしれない。
 
 






『終』





 



後書き

子供時代とか考えていたので、打ってみました。
これは赤也・華翠ちゃん編。
本当は個人の話しのつもりだったんですが、この二人は絶対にセットだなと・・・!!
(
個人とか本当に考えられない二人って凄いですよね!!外せない繋がり・・・ぅん、素晴らしい!!
(
他に佐倉ちゃん編がありますので、よろしかったらそちらの方もお読みくださってくれれば嬉しいですvv